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和モダンな家の魅力を日本建築の歴史から紐解く(前編)

和風建築と洋風建築を融合させた「和モダン」な家。日本伝統の趣や温もりを感じながら、現代的な暮らしを実現できる新たな建築様式です。本記事では、和モダンの家の特徴を日本建築の歴史から紐解き、その魅力に迫ります。

前編である本記事では、日本建築の歴史から、和モダンの家の魅力を紐解きます。

和モダンな家とは

そもそも「和モダン」は、日本特有のデザインと現代のデザインを組み合わせたデザイン(設計)を示す造語です。

家などの建築では、古来より受け継がれる伝統的な意匠・素材・空間を「和」、現代的な建築やインテリア様式を「モダン」としています。つまり和モダンとは、日本の歴史や文化を重んじ、古き良き日本の「伝統美」と現代的なスタイルを掛け合わせた建築様式です。

和モダンにおいて欠かせないのは、木材の使用。日本には和モダンな建築物が多く存在しますが、その例のひとつに建築家・隈研吾氏が手掛けた 新国立競技場 があります。構造材として鉄骨材だけでなく、日本古来の素材である木材をふんだんに使用し、木の温もりを感じられる和モダン様式の建築物です。従来の木造建築とは一線を画す現代的な構造ですが、「現し(あらわし)* 」部分の木材の質感や木目の風合いなど、どこか懐かしさを感じる造りになっています。

*現し:通常であれば隠されるはずの柱や梁(はり)などの構造体をあえて露出させる仕上げのこと。

このように、和モダンな建築物は趣や温もりを感じられる造りとなっています。 現代的な建築様式の中に、日本の伝統と知恵を組み込んだデザインの和モダンな家が今注目されているのです。

日本建築とは

和モダンな家の礎となる日本建築は、飛鳥時代(6世紀ごろ)に中国建築が日本へ伝わって以降、確立した と考えられています。
日本建築では、柱や梁などの直線的な材料で組み立てた木造建築が主流です。木造建築は湿度によって水分を吸収したり放出したりするため、森林資源が豊富で四季のある日本 に定着しやすかったのでしょう。

また、中国建築では露出した木材を彩色しますが、日本では白木(しらき)* をそのまま使用するのが基本とされています。

*白木:塗料を塗らずに、木皮を削っただけの木材のこと。

なお、木造建築が主流な日本建築(東洋建築)に対し、西洋建築ではレンガや石材などが主な素材でした。さらに、日本建築は自然と一体化するような住まいを基本とする一方、西洋建築では人工的で重厚感のある美を追求した建物が多く見られます。

日本建築の歴史

現代の和モダンな家の魅力は、日本古来の伝統的な建築に基づきます。日本の代表的な建築様式や建築物を通じて、日本建築の歴史を時代ごとに見ていきましょう。

縄文時代・弥生時代|床と柱を使った住居が誕生

縄文時代以前は、自然の中の洞穴や岩陰が住まいでした。縄文時代では、地面を掘って柱を建て、屋根をかけた「竪穴式住居」を造りはじめます。床全体が土間 (どま)で、藁などを敷き暮らしていたようです。

弥生時代には、地面より高い場所に床を造る「高床式倉庫」が建てられます。地面から床まで距離をとることで、動物や虫に食糧を荒らされにくいという特徴がありました。

飛鳥時代・奈良時代|建築技術が伝わる

飛鳥時代、仏教とともに建築技術が朝鮮半島から伝わりました。身分による住居の差が生まれ、身分の高い人は木造建築、農民は竪穴式住居に住んでいたと考えられています。
造園の技術も伝来しましたが、現代の日本庭園 とは異なり、正方形の池に石像を置き、水を流したものだと言われています。

奈良時代に誕生したと言われる「欄間(らんま)」 は、採光や通気性のために寺社建築に取り入れられました。和室も、仏教の流れを汲み奈良時代に誕生したとされています。

平安時代|寝殿造の誕生

京都の貴族の住居として成立した「寝殿造」という建築様式は、平安時代に誕生しました。敷地の周囲に以下のような「土塀」をめぐらせ、その中に「寝殿」がある造りです。

寝殿造の建物周辺に巡らされた庇(ひさし)や濡れ縁(ぬれえん)は、現代の縁側 の起源とされています 。庇とは、以下の写真のように、外壁の窓や扉などの上にある屋根です。

寝殿造の部屋の内部には、通気性を優先するため仕切りがなく、空間の仕切りや目隠しのために使われた屏風(びょうぶ)や簾(すだれ)がありました。これらを総称して「障子(しょうじ)」と呼んでいました。のちに障子が発展し、現代の襖(ふすま) の原型「襖障子」が作られます。
平安時代後期に、現代にも見られる和紙を貼った障子 が誕生します。

建物と屋外の境界には、引き戸の原型「遣り戸(やりど) 」が使用されました。自然の景色を活かした広い庭園 が貴族の間で流行ったのも平安時代です。

鎌倉時代|実用性が重視された

鎌倉時代には武家が台頭し、実用性重視の「武家屋敷」が造られます。寝殿造のように棟を廊でつながず、一つひとつの部屋を切り離した造りが特徴です。 この頃に、畳も誕生しました。

室町時代|書院造の誕生

室町時代後期から江戸時代初期には、接客・対面の場を重視し、格式高く造られた「書院造」が見られます。銀閣寺は、書院造の代表的な建築物です。

「書院」を中心に構成され、内部には和室 が含まれています。もともと、書院は僧侶が住む部屋(住房 )の居間兼書斎を指しました。のちに床の間(とこのま) *1、違棚(ちがいだな)*2 、付書院(つけしょいん) *3などの「座敷飾」を備えた建築物を指すようになります。

*1 床の間:客間に設けられた掛け軸や置物、花瓶などを飾る空間。床柱、床框、落とし掛けなどで構成される。
*2 違棚:床の間の横の床脇に、段違いに取り付けた飾り棚。
*3 付書院:床の間脇、縁側沿いにある出窓のようなもの。

書院造では、使用目的に応じて部屋を作り分けており、表には次のようなものが設けられました。

● 公的な接客の間である書院
● 寝殿造の中門・中門廊にあたる玄関
● 武士の出入り・詰所(屯所)である遠侍(とおざむらい)・控えの間
● 来客の送迎の挨拶をする式台(色代) など

裏に設けられていたものは、次のとおりです。

● 日常的な仕事の場となる御座の間
● 主人の居間・寝室となる御寝の間
● 台所など勝手回りの間 など

なお、書院造の座敷を屏風で仕切り、「囲い」という狭い空間を作って茶の湯を行ったのが茶室 のはじまりと言われています。

安土桃山時代|数寄屋造の誕生

安土桃山時代には、「数寄屋(すきや)造」の建築様式が見られます。「数寄(すき)」は和歌や茶の湯、生け花などの風流を楽しむことを指し、「数寄屋」は好みによって造った建築物のことです。転じて、四畳半以下の茶室を「数寄屋」と呼んでいました。

茶人たちの「内面を磨いて客人をもてなす」という精神が反映された構造です。書院造よりも床の間が小さく、長押(なげし)* がありません。書院造でも見られた丸窓 が付き、現代の茶室にも見られる洗練された意匠の建築様式です。

*長押:鴨居(かもい:引き戸の上枠で溝が彫られた部材) の上部にある、化粧部材。

この時代から江戸時代中期ごろまでは、庶民の家に瓦屋根が見られました。軽量で薄型の瓦(桟瓦(さんがわら) )が考案され、一気に普及したようです。

江戸時代|住宅の多様化

江戸時代には職業や身分ごとに住宅の多様化が進み、さまざまな建築様式が生まれました。地方の農村では、以下のような「茅葺(かやぶき)屋根」の住宅が発達します。

一方、江戸などの都市部では「長屋(ながや)」と呼ばれる集合賃貸住宅が建ち並びます。この頃の住居は、土間 と小上がりと畳のセットが一般的で、土間はプライベートな居住空間と、他人との交流の場をつなぐ独特な領域でした。

民家に大黒柱 が用いられるようになったのも、江戸時代です。神社の心御柱(しんのみはしら)から来ているとされています。

日光東照宮 に用いられる、神社の代表的な建築様式「権現造(ごんげんづくり)」も、江戸時代に確立します。

明治時代・大正時代|近代和風建築の発展

鎖国が終わると、建築様式も西洋の影響を大きく受け始めます。明治中期からは住宅の西洋化も一気に進み、裕福な家庭では西洋式住居を建てることがステータスでした。

大正時代に入ると、建築様式の西洋化は加速する一方で、日本伝統を守ろうとする動きもありました。西洋の建築技術を取り入れた「近代和風建築」の誕生は、この頃です。

昭和時代|鉄筋コンクリート造の建物が主流に

戦後、人口の増加に伴い、鉄筋コンクリートを使用した団地やアパートなどの大規模な集合住宅が建てられるようになりました。

昭和を代表する建築物に、東京タワー が挙げられます。地震に強いトラス構造で高さが333mある電波塔で、建設工事はほぼ手作業で行われました。

平成時代・現代|耐震性やデザイン性の技術革新へ

平成時代から現代に至るまで、日本の建築は耐震性とデザイン性の両面で大きな技術革新を遂げてきました。

現代の日本の建築物や住居は、世界最高レベルの耐震性にあります。日本では非常に厳しい耐震基準を設けており、多角的な視点から地震の被害を食い止めるための技術革新が続いています 。耐震性の技術革新は、日本が頻繁に地震に見舞われるという環境に対応するために重要な要素です。例えば、2012年に完成した東京スカイツリー では、これまで地震による倒壊例のない「五重塔」の心柱から発想を得た、新しい制振システムが採用されました。

一方、デザイン性の技術革新は、和モダン建築において美しさや個性を追求するための重要な要素です。平成時代や現代において、建築材料や建築技術の進歩により、伝統的な和のデザインをモチーフにした彫刻や格子、曲線的なデザインなどを現代的な形で取り入れた、和モダンな雰囲気を醸し出す建物が増えました。

また、和モダンの要素を持つ建築には、伝統的な日本建築の美意識を取り入れながら、現代のライフスタイルやニーズに合わせた快適な住環境を提供できるという特徴もあります。現代における耐震性とデザイン性の技術革新は、和モダン建築の魅力を高めるだけでなく、安全性と快適性を追求する重要な要素と言えるでしょう。