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伝統工芸

江戸の“粋”によって発達を遂げた「東京手描友禅」

江戸時代から伝わる、着物の伝統的な染色の技法「友禅(ゆうぜん)」。一枚一枚、職人が手作業で色を挿して仕上げる友禅は華やかで気品があり、着る人、見る人の心をも高揚させてくれます。
今回はそんな日本が誇る「友禅」の歴史や、江戸で発達した「東京手描友禅(とうきょうてがきゆうぜん)」の魅力についてご紹介します。

京都の人気絵師によって生まれた「友禅」の技法

「友禅」が誕生し、発達したのは江戸幕府5代将軍・徳川綱吉(とくがわ・つなよし)が治めた貞享(じょうきょう)・元禄(げんろく)年間(1684~1704年)。京都で扇面絵師(※)として活躍していた、宮崎友禅斎(みやざき・ゆうぜんさい)が、自身が手がける斬新なデザインを着物に取り入れたのが始まりだと伝えられています。

※扇子の面に絵を描く専門の職人のこと。古くから扇子は、装飾品や大切な儀式の際にも用いられてきました。

「友禅」には「手描」や「型染め」、「機械捺染(なっせん)」などさまざまな技法がありますが、中でも希少な「手描友禅」は、図案の構想や、まっさらの布地に露草を絞った“青花液”で下絵を描く「下絵付け」、染料がにじむのを防ぐために生地の表面に糊を置く「糸目糊置き(いとめのりおき)」、下絵に合わせて着色していく「挿し(さし)友禅」など、約20もの工程を経てようやく完成するといわれています。

友禅染をする色作りが命

様々な形状の筆を用いる

ひと言に「友禅」といっても産地ごとに制作工程の違いや、地域ならではの特徴があり、ルーツである「京友禅」に、「加賀友禅」、「東京(江戸)友禅」を合わせて「三大友禅」と呼びます。
「京友禅」は豊かな色彩と絵柄、金銀箔を施したり、金糸による刺繍がされたりと、豪華絢爛な装飾が特徴。日本では二十歳のお祝いである「成人の日」に女性が着る「振袖(ふりそで)」や、結婚式などお祝いの場に着る「留袖(とめそで)」など、主に大切なシーンで身にまとう着物に用いられます。
一方、友禅斎が石川県に居を移したことから発展したといわれているのが「加賀友禅」です。
「加賀五彩(かがごさい)」といわれる藍(あい)、黄土(おうど)、草、古代紫(こだいむらさき)、臙脂(えんじ)の5色を基調に、写実的な草花模様を中心とした絵柄が特徴で、染色以外の技法をほとんど用いないため、「京友禅」と比較すると落ち着いた印象があります。
「東京(江戸)友禅」は他の友禅と比べると地味にも感じられますが、明るい色調と新しさのあるデザインが特徴です。

あえて華美な装飾はせず、“粋”に仕上げる「東京手描友禅」

現在の東京である江戸に友禅が伝わったのは町人文化が栄えた文化(ぶんか)・文政(ぶんせい)年間(1804~1830年)。武家政治の中心として経済や文化が発展した江戸には、京都や大阪など上方(かみがた)の産物や文化が「くだりもの」として多く集まっていました。やがて大名お抱えの絵師(えし)や染師(そめし)らが多くの職人が江戸に移り住むようになり、さまざまな技法が伝承され、独自の発達を遂げていきます。

「東京(江戸)友禅」ならではの特徴の一つに、藍や白を基調としたシックな色味があります。
これには、元禄年間に幕府が発令した「奢侈禁止令(しゃしきんしれい)」によって贅沢な刺繍や絞りが禁止されたことも大きく影響していますが、豪華絢爛な他の友禅に対して、シンプルながらモダンなデザインは“粋(いき)”であるとして江戸の町人の間で大評判となりました。
また、「京友禅」や「加賀友禅」が分業制で作られているのに対して、「東京(江戸)友禅」は一人の職人がすべての工程を一貫して担っていることも大きな特徴です。
こうして作られた「東京(江戸)友禅」は着物や帯などに用いられました。

現代の「東京手描友禅」

染料や糊を洗い流す工程など、染色には水資源が欠かせません。そのため、上方から江戸に移った職人たちは神田川~隅田川沿いに居を構えました。
当初は神田や浅草を中心に展開していましたが、延宝元年(1673年)に開業した日本橋に越後屋呉服店(現・日本橋三越)の染物工場が神田川上流域の東京都新宿区落合周辺(現在の高田馬場付近)に造られたのを皮切りに、染色に適した水を求めて多くの染師や、蒸気で布のしわを伸ばす「湯のし屋」などの関連職人が集まり始めます。「落合」の地名は神田川と妙正寺川、2つの河川が落ち合う(合流する)ことに由来しており、水量が豊富で、水質にも恵まれた土地でした。
江戸友禅をはじめとする染物産業は、関東大震災や第二次世界大戦からの復興を契機に本格的に東京の地場産業として目覚ましい発展を遂げました。1962年に東京の手描友禅染の専業者が集まり「東京都工芸染色協同組合」を設立。1980年には「東京手描友禅」の名前で国の伝統的工芸品に指定されています。
最盛期は300軒を超える染色関連業が集積し、昭和30年代までは川のあちこちで染工場の職人たちが生地を水洗いする姿が見られたのだとか。この様子は「友禅流し」と呼ばれ、街の風物詩として親しまれていました。

現在は川で水洗いはしていませんが、新宿区を中心に染物工房が点在しており、毎年2月には染色をテーマにしたイベント「染の小道(そめのこみち)」が開催されています。
「東京手描友禅」の職人たちは、日本人の日常着が着物から洋装に移り変わった今なおその文化を守り継ぐと同時に、現代の生活にマッチした意匠や商品の開発にも取り組んでいるのです。

神田川(高田馬場周辺)

染の小道

まとめ

文中に登場する“粋”とは江戸時代に生まれた独自の美意識を指す言葉です。
“粋”には、「身なりがこざっぱり垢抜けている」や「人情や世情に通じていて、道理をわきまえている」、「知性や財力をひけらかさない」など様々な要素が含まれていますが、法律によって贅沢が禁止され、倹約生活を強いられる中でも、自分なりに工夫をしておしゃれを楽しむ様も“粋”であるとされました。
「東京手描友禅」を通して江戸の町民が愛し、大切にしてきた“粋”に触れてみてはいかがでしょうか。