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Column

着る人を内側から輝かせる「東京手描友禅」の魅力/小倉染芸3代目・小倉隆 様

東京の真ん中、新宿区高田馬場にて約100年に渡り、「東京手描友禅(とうきょうてがきゆうぜん)」を手がける「小倉染芸(おぐらせんげい)」。
ヨーロッパの壁画を取り入れるなど他にはない洗練されたデザインや、様々な色をかけ合わせることで生まれる奥行きのある色味は、着る人の内面の美しさを引き出してくれます。
今回は小倉染芸の3代目、伝統工芸士の小倉隆(おぐら・たかし)さんにお話を伺いました。

小倉染芸3代目:小倉隆(おぐら・たかし)様

留学先のオーストラリアで気づいた 「東京手描友禅」の魅力

――若い頃から家業を継ぐことは考えていたのでしょうか?

実は、まったく継ぐ気はなくて、大学卒業後はスポーツ用品のプロダクトデザインの仕事に就くことを目指して、スポーツショップで働いていました。

気持ちが変わったのは、23歳でオーストラリアに留学したことがきっかけでした。
周りの人たちはみんな、自国の魅力――食文化だったり、歴史だったり――を自慢げに語るのですが、僕には「日本のすごいところは?」と聞かれても何も答えられなかったんです。
あるとき、ホストファミリーに親が着物を作っていることを話したら「あなたのお父さんは民族衣装を作っている職人よ。どうしてそれを“すごい“と言わないの?」と叱られました。
それまでの僕は友禅のような柄のある着物は女性が着るものだと思い込んでいたこともあって、パッとイメージができなかったのですが、その時にハッとしました。

その後、勤めていたスポーツ用品の会社の形態が変わり、すべてデザインを外部委託することになりました。ということは、自分が望んでいたデザインはできなくなる。
そこでやっと、改めて父の仕事も「デザイン」だということに気づきました。
子どもの頃から、工房で職人さんたちが仕事をしている様子を当たり前のように見ていたから、そんな感覚がなかったんですね。

――身近にありすぎて、気が付かなかったんですね。

その通りです。
伝統産業を家業とする家に生まれることや、その伝統を継承することは誰もができることではないと思うようになり、26、7歳でようやく父の仕事に興味を持ちました。

――退職後は、お父様のもとで修行をされたのでしょうか?

ええ、そうです。
一般的には、京都や加賀の工房で修行を積んでから戻ってくるのがセオリーとされていますが、僕は27歳からこの道に入ったのでスタートが遅いんですね。
それで、初めから父のもとで修行をすることになりました。

――「小倉染芸」ならではの魅力とは、なんでしょうか。

「上品さ」と「モダンさ」です。
東京手描友禅の特色でもありますが、色数が少なく、端正ですっきりとしたデザインが特徴です。

特に色作りにはこだわっていて、約90色の染料の中から2色、3色と掛け合わせて色を作っていきます。
1度でこれだという色を作ることは難しく、特に修行中は師匠にアドバイスを受けながら、何度も何度も色を作り直さなければなりません。ほんの1滴で色が変わってしまうから、とても繊細で、重要な工程です。
また、エアコンを使う季節は染料が乾燥しやすいので、休憩後など作業に戻るたびに色が変化していないかチェックします。
一見、シンプルで色数が少ない分、簡単にできるのではと思う方もいらっしゃいますが、この色のバランスの取り方にこそ、小倉染芸ならではの特徴が表れていると思います。

友禅染の様子

様々な染料の中から色を掛け合わせていく

一つひとつ、丁寧に 想いを込めてデザインする

――1枚の着物が完成するまでに、どれくらいの時間を要するのでしょう?

デザインにもよりますが、色を塗って、乾かして、また色を重ねて、乾かして…と繰り返すので、数か月かかるものも少なくありません。
それ以前に、デザインを決めるまでに時間がかかることもたくさんあります。
鉛筆で下書きをした紙を実際に体に巻いて、着物に仕立てた時にどう映るかを見ながら、位置をずらしたり、柄の大きさを変えたり…。
デザインが決定したら色を決めるのですが、最近はアプリに読み込んだデザインに色んな色を当てて、比較しながら検討していきます。

鉛筆での下書きの様子

――ひと言で赤系、青系といっても本当にたくさんの色がありますね。
デザインを考える際に参考にされているものや、大切にされていることはありますか?

僕の場合は、ヨーロッパの寺院で見たタイルや壁画だったり、旅先で見つけたデザインを取り入れることが多いですね。

東京の友禅は、京都や加賀と違ってあまり伝統的なモチーフがないんです。
その分自由度が高く、同じ「東京手描友禅」でも作り手によって全く異なる雰囲気のものが完成する。それもまた魅力のひとつです。

ただ、あくまでも主役は着物を着る“人”ですから、デザインだけが前に出てしまってはいけない。
控えめに見えるかもしれないけれど、身にまとうことでその方の魅力が引き立つようなデザインを意識しています。

――東京手描友禅は京都や加賀と違って、すべての工程を1人の職人さんが手がけるとのことですが、最も難しい工程はなんでしょうか。

色をのせる工程でしょうか。
色を作ることも大変ですし、「胡粉(ごふん)」と呼ばれる貝殻を粉砕した白の顔料から順に、薄い色から濃い色へと色を重ねていくのですが、グラデーションを表現するのは本当に難しいですね。

筆も300種類以上を使い分けています。
一度使った筆はひと晩水に漬けて“色抜き”をするのですが、完全に色を抜くことはできません。そのため、おろしたての筆は薄い色、使い込むほど濃い色へと、色ごとに段階を経て用途が変わっていきます。
ちなみに、筆の役割は色を塗るだけで終わりではなくて、毛先が二股になるなど使えなくなったものは染料を溶く専用になり、毛が抜けてしまったり、折れてしまったりしたものは金を混ぜるために使ったりもします。

同じ色でも濃さでグラデーションが出来上がる

一度使った筆はひと晩水に漬けて“色抜き”をする

「着てみたい」と思わせる 魅力ある着物を作りたい

――最後まで無駄なく使うんですね。

筆だけでなく、着物の需要が減るにつれて質の良い道具がなかなか手に入らなくなっています。
良いものは長く使いたいから、丁寧に使う。当たり前のことかもしれませんが、日々の道具のお手入れも大切な仕事です。
また、今でこそ、100円均一のお店があったり、どんどん消費することが当たり前の時代ですが、その一つひとつには必ずデザインした人がいて、色々な人の想いが詰まっているはずです。
こうしたことを大切に、ものづくりをしていきたいですし、若い弟子たちにも同じように伝えています。

着物は糸をほどけば一枚の布に戻り、体系や身長に合わせて仕立て直すことができるので、着る方にも長く大切に着て、次の世代にも受け継いでもらえたら嬉しいですね。

1つ1つ道具を大切に長く使う

毛先の形状がそれぞれ異なる

――小倉さんは着物以外にもアパレルブランドとコラボレーションしたり、スパークリングワインのラベルをデザインしたりと活躍の場を広げていらっしゃいます。

すべては「東京手描友禅」の認知度を広めたい、着物を着てほしいという思いから始めたものです。
三大友禅と呼ばれる内、京都には約300人、加賀は約150人の職人さんがいると言われていますが、東京手描友禅の組合に加盟している職人さんはわずか50名しかいません。さらに、京都や加賀には、生産者から商品を集めて呉服屋さんに卸売をする「産地問屋」がいるのですが、東京にはほとんどいないのです。
そのため、百貨店や展示会でお客様とお話をしていても「東京で友禅を作っていたなんて知らなかった」と言われることが多いんですね。
時代と共にどんどん着物を着る人が減り、着物=着るよりも見て楽しむものと思われている人も多いようですが、職人としてはやっぱり東京手描友禅の素晴らしさを知ってほしいし、着てほしい。
だからこそ次の世代の育成にも力を入れていますし、こうした活動を通して、「これが着物のデザインだったんだ」と興味を持っていただいたり、いつか手に取るきっかけになればと思います。

――これから手がけてみたいものや、思い描いている夢はありますか?

やっぱり、ひとりでも着物を着る人が増えることが最大の夢ですね。
だからといって、質を落として、安いものを大量生産して広めたいとは思ってはいません。
よく温泉に例えるのですが、僕が目指しているのは誰もが知っていて一度は行ったことがある有名な温泉地ではなく、不便な場所にあるけれど、一生に一度は行ってみたい “秘湯”なんです。
妥協をせずに一つひとつ丁寧に作り上げた着物が、例えば、パーティや“ハレ”の日に身に着けるものとして、選択肢が広がってくれたらと願っています。

《profile》

小倉隆(おぐら・たかし)
1926年創業・小倉染芸の3代目。
社会人経験を経て2005年、父・小倉貞右氏に師事。モダンの中に品格のある作風を得意とする
経済産業大臣指定伝統工芸品「伝統工芸士」、新宿ものづくりマイスター「技の名匠」