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日本の漆――ときと共に変化する“用の美”

つややかな光沢、しっとりと手になじむ質感、そして年月とともに深みを増す色――。「漆(うるし)」は、日本の伝統工芸を代表する素材でありながら、実は植物の樹液から生まれる自然の恵みです。海外では漆器を「japan」という言葉で表現されるほど、世界に知られています。今回は漆の歴史や、代表的な産地についてご紹介します。

そもそも「漆」とは

漆は、「ウルシノキ(漆の木)」という木から採れる樹液を精製した、天然の塗料です。
ウルシノキはウルシ科の落葉高木で、日本をはじめ東アジア一帯に自生しています。
梅雨のころから初秋にかけて、幹の表面に浅く傷をつけると、乳白色の液体がじわりとにじみ出ます。
この液体こそが「生漆(きうるし)」です。わずか1本の木から採取できる量は、1年でおよそ200グラム。木を傷めずに採取するには熟練の技が必要で、その希少さから古くは「木の涙」とも呼ばれてきました。

漆の成分・特徴

漆の主成分は「ウルシオール」という有機化合物。ウルシオールが空気中の湿気と反応して硬化することで、堅牢な塗膜を形成します。一般的な塗料が「乾燥」によって固まるのに対し、漆は「湿気」によって硬化するのが特徴です。
この性質のおかげで、漆は非常に高い耐久性と防水性、そして抗菌性を備えてます。古代に作られた木器や仏像、建築装飾などが何百年もの時を経ても艶を保ち続けているのは、このウルシオールの働きによるものです。
また、漆には独特の美しさがあります。塗り重ねるごとに深みが増し、光を柔らかく反射する艶を帯びます。また、使い込むほどに艶が増すことから、“育つ器”として愛されてきました。その魅力は、現代のプラスチックや化学塗料では再現することができません。

漆の使われ方いろいろ

その用途は、単に器を塗るだけにとどまりません。古くから「接着剤」「防水剤」「塗料」の三役を担ってきました。

漆器(しっき)

わたしたちの生活にもっとも身近なのが漆器です。木地(きじ)と呼ばれる木の素地に何層も漆を塗り重ね、磨き上げて仕上げます。漆器には、朱や黒の塗り、金や螺鈿(らでん)をあしらった蒔絵(まきえ)など、さまざまな技法があります。椀や重箱、膳など、日常のうつわから祝いの品まで幅広く使われています。

赤い器に金彩を施す作業

美しい日本の漆器

蒔絵(まきえ)

蒔絵は、漆で模様を描いた上に金粉や銀粉を蒔いて装飾する、独自の加飾技法です。平安時代から発達し、桃山・江戸期には海外輸出品としても人気を博しました。いまも世界の美術館に所蔵され、「JAPAN LACQUER(ジャパン・ラッカー)」として高く評価されています。

建築・仏具

日光東照宮の社殿や、京都・金閣寺の装飾をはじめ、神社仏閣の柱や祭壇、仏像の表面にも漆が使われています。漆は木を保護するだけでなく、装飾としての荘厳さを与える役割も果たしてきました。

日光東照宮

京都金閣寺

修復と接着

割れた器を漆で接着し、継ぎ目を金粉で飾る「金継ぎ(きんつぎ)」も漆を使った独特の技法の一つ。単なる修理ではなく、欠けやひびを美の一部に変えるという日本ならではの感性が息づいています。

漆の歴史 ― 縄文から現代へ

日本人と漆の関わりは、実に長い歴史を持っています。世界最古級の漆製品は、青森県の大平山元遺跡で発見された縄文時代早期(約9000年前)の漆塗りの櫛や器です。すでにこの時代から、漆は生活に取り入れられていました。

弥生時代には祭祀具や装飾品に、奈良・平安時代には仏教文化とともに寺院建築や仏具に用いられるようになります。中世には、武具や刀の鞘(さや)など実用性の高い分野でも重宝されました。

そして桃山から江戸時代にかけては、蒔絵や螺鈿など装飾技術が頂点を迎えます。長崎を通じて海外に輸出された「南蛮漆器」はヨーロッパで大人気となり、「japan」という言葉が漆器の代名詞になりました。まさに日本の漆文化が世界に誇る黄金期です。

明治以降は、西洋塗料の台頭で需要が減少したものの、戦後には芸術・工芸として再評価が進みました。現代では、デザインやアート、修復、建築など新たな分野にも活用が広がっています。

漆器の名産地 ― 受け継がれる技と美

日本各地には、独自の技法と風土に根ざした漆器の産地があります。ここでは代表的なものをいくつか紹介します。

◇輪島塗(わじまぬり) ― 石川県輪島市

堅牢さと美しさで知られる輪島塗。特徴は、木地に「地の粉」と呼ばれる珪藻土を混ぜた下地を何層にも塗り重ねることです。そのため強度が高く、実用性にも優れています。さらに蒔絵や沈金(ちんきん)などの加飾が施され、華やかな中にも重厚な品格を備えます。

◇山中漆器(やまなかしっき) ― 石川県加賀市

木地挽き(きじびき)の技術に優れ、ろくろで削り出した滑らかな曲線が特徴です。堅牢な輪島、華やかな会津に対し、山中は木の美しさを生かす「木地の芸術」と呼ばれています。普段使いのうつわから高級茶道具まで幅広く生産されています。

◇会津塗(あいづぬり) ― 福島県

江戸時代初期、藩の奨励で発展した漆器です。黒漆に金や銀で装飾を施した「会津蒔絵」が有名で、武家文化の気品を今に伝えています。近年では、モダンなデザインのテーブルウェアも登場し、伝統と現代性が融合しています。

◇ 津軽塗(つがるぬり) ― 青森県

津軽塗は独自に発展した「唐塗(からぬり)」、「七々子塗り(ななこぬり)」、「紋紗塗
(もんしゃぬり)」、「錦塗(にしきぬり)」の4つの技法で作られます。何十回も塗り重ね、研ぎ出すことで現れる複雑な文様は、ひとつとして同じものがありません。色彩の美しさと手間のかかる工程が、北国の職人技を象徴しています。

◇飛騨春慶(ひだしゅんけい) ― 岐阜県

飛騨春慶は透けるような漆の美しさが魅力。木地の木目を生かし、透明感のある飴色の漆で仕上げます。光を通すと黄金色に輝き、素朴ながら品格のある風情が人気です。

◇鳴子漆器(なるこしっき) ― 宮城県

鳴子漆器は、東北地方を代表する漆器の一つです。温泉地として知られる鳴子で江戸時代から作られ、堅牢な造りと落ち着いた風合いが特徴です。地元で採れる良質な木地に、天然漆を何度も塗り重ねて仕上げるため、丈夫で長持ちします。

このほかにも、越前漆器(福井県)、紀州漆器(和歌山県)、木曽漆器(長野県)など、全国各地に名産地が点在し、それぞれの土地に根づいた技術と美意識が、今日まで脈々と受け継がれています。

飛騨春慶の曲片口水次

津軽塗の茶筒と茶たくと茶匙とお盆

(まとめ)

最後に、漆器の基本的な扱い方についてもご紹介しましょう。
1. 使い終わったらすぐに、やさしく手洗いする
2. 柔らかい布などで水気をふき取り、しっかり乾燥させる。
3. 直射日光を避け、風通しの良い場所で重ねずに保管する

つけ置きは避け、電子レンジや食洗機での使用もできません。
そのため、近年では「扱いにくい」「高価」といった印象から、漆器=特別な日のうつわとして用いられることが多くなっていました。

そこで各地の職人たちは、「もっと漆器の魅力を知ってほしい」と、現代の暮らしに寄り添うデザインや、扱いやすい仕上げのうつわづくりに取り組んでいます。毎日の食卓にさりげなく使える漆器も、少しずつ増えてきています。

また、漆の抗菌性や再生可能性が注目され、環境にやさしい天然素材として再評価が進んでいます。海外ではサステナブル素材としての研究も進み、現代アートや建築空間などにも活用の幅が広がっています。

年月を経るほどに深みを増す漆は、使う人とともに時を重ね、育っていく素材です。
現代の暮らしのなかでも、ぜひその温もりを感じてみてください。