宮城県屈指の温泉地・鳴子(なるこ)周辺で育まれた「鳴子漆器(なるこしっき)」。「漆器」とは、木のうつわなどに、漆を塗り重ねて作り上げる工芸品を指します。
素朴でぬくもりがあり、使うほどに味わいを増す鳴子漆器は、派手さよりも“日常に寄り添う美”を大切にしてきました。今回はそんな鳴子漆器について詳しくご紹介します。
湯治場とともに歩んだ、鳴子漆器の歴史
鳴子漆器の起源は、江戸時代初期の寛永年間(1624〜1644年)にさかのぼります。仙台藩主・伊達政宗が漆の植栽と漆器づくりを奨励したことをきっかけに、鳴子でも漆器の製作が始まりました。
その後、岩出山藩二代藩主・伊達忠宗が職人を京都に派遣し、京漆器の技法を学ばせたことで、地元の木地加工と融合した鳴子漆器が発展しました。
当時、仙台や岩出山の城下町では、甲冑や調度品に漆を施す「御用塗り」の技術が発展しており、この技術は藩内に広がって各地の村々でも漆器づくりが盛んになりました。鳴子も例外ではなく、豊富な木材と漆を活かし、木地師と塗師が協力して器を作るようになったのです。こうして鳴子漆器は、伊達藩の漆政策という大きな流れの中で生まれ、「伊達の漆文化」を受け継ぐ地方工芸として育まれて行きた。
◇湯治場の暮らしとともに発展
鳴子温泉郷は、古くから「奥州三名湯」に数えられる名湯の地です。江戸時代には多くの人々が湯治に訪れ、長期滞在して療養する「湯治文化」が育まれました。
こうした湯治場では、生活用品や土産物を供給する地場産業が欠かせません。鳴子では、地元の木地師たちが湯治客向けに膳や椀、湯飲みなどの生活漆器を作り、温泉地の暮らしを支えました。
漆器は丈夫で長く使えるため、日々の食卓で重宝されるだけでなく、湯治客にとっては旅の思い出として持ち帰る土産にもなりました。こうして、湯治客の存在が鳴子漆器の需要を生み、職人たちの技術を磨く原動力となったのです。
◇「鳴子こけし」とも深いゆかりが
同じ時代、鳴子ではもう一つの名工芸「鳴子こけし」が誕生します。こけしは、湯治客が子どもへの土産として買い求めた木地玩具で、ろくろ挽きによって作られるのが特徴です。
この“木を挽く”技術は漆器の木地作りと共通しており、鳴子ではこけし職人と漆器職人が同じ木地師の系譜に連なっていたといわれます。
つまり、こけしと鳴子漆器は、どちらも湯治文化と木地加工の技術を土台に発展した、兄弟のような工芸です。用途は異なりますが、どちらも木のぬくもりと手仕事の温かさを伝える存在として、鳴子の地で長く愛されてきました。
◇明治から現代へ
明治維新で藩政がなくなると、御用職人たちは民間の職人として新たな道を歩み始めました。鉄道の開通により湯治客が増えると、鳴子漆器は実用品としてだけでなく、贈答品や土産物としての価値も高まりました。明治から昭和初期にかけては、塗りの堅牢さと飾り気の少ない上品な風合いが評価され、「堅牢優美」と称されました。
戦後、観光ブームとともに鳴子温泉が再び注目されると、漆器の需要も増加。1976年には「宮城県指定伝統的工芸品」に認定され、現在では経済産業大臣指定の「伝統的工芸品」にも選ばれています。
近年では、従来の塗り技法を活かしつつ、現代の食卓にも合うデザインを取り入れた、新しい鳴子漆器が生まれています。
木地の美しさを生かす鳴子漆器の技法
鳴子漆器の最大の特徴は、「木地の美しさを生かす塗り」にあります。輪島や津軽のように豪華な蒔絵や加飾を施すのではなく、木目の表情を引き立てる“拭き漆(ふきうるし)”の技法が多く用いられます。
拭き漆とは、漆を薄く塗っては拭き取り、また塗るという工程を何度も繰り返す技法のこと。この作業によって木地の中まで漆が染み込み、深い艶と透明感のある仕上がりになります。自然の木目がそのまま浮かび上がるため、ひとつとして同じ表情のうつわはありません。
また、鳴子漆器は軽くて手に馴染むのも特徴です。木地にはトチやミズメザクラ、ケヤキなどが使われ、口当たりの柔らかい汁椀や飯椀、盆などが多く作られます。漆は耐熱・耐水性に優れており、長く使うほどに艶が増していく“育つ器”として愛されてきました。
色調は落ち着いた飴色やこげ茶、赤みを帯びた朱など。控えめながら深みのある色合いは、まさに東北の風土を映したものといえるでしょう。
◇鳴子漆器の代表的な塗り技法
・木地呂塗り(きじろぬり)……鳴子漆器の代表的な技法で、透明な漆を何層も塗り重ねることで、木地の美しい木目を浮かび上がらせます。飴色の光沢が特徴で、使い込むほどに味わいが増します。
・竜文塗り(りゅうもんぬり)……1951年に漆工芸研究家の沢口悟一氏によって考案された技法で、墨流しのような模様が特徴。意図的に作成される模様ではなく、自然な流れが美しいとされています。
・拭き漆(ふきうるし)……漆を薄く塗っては拭き取る工程を繰り返す技法で、木地の質感を活かしつつ、しっとりとした仕上がりになります。日常使いの器に多く見られます。
・紅溜塗り(べにためぬり)……紅色の顔料を用いて、漆を塗り重ねることで、鮮やかな紅色の光沢を持つ仕上がりになります。華やかさと落ち着きが共存する美しさが特徴です。
・煙草塗り(たばこぬり)……独特の質感と色合いを持つ塗り技法で、深みのある色合いと手触りが特徴です。後藤常夫氏などの職人によって継承されています。
木地呂塗り
木地呂塗り
紅溜塗り
紅溜塗り
鳴子漆器の製造工程について
鳴子漆器(なるこしっき)の製作は、伝統的な分業制(ぶんぎょうせい)で行われます。地域の職人たちは、それぞれの専門技術を活かし、協力してひとつの器を完成させます。木地師(きじし)は木材の選定から削り出しやろくろ挽きを担当し、塗師(ぬし)は漆の塗布や研ぎを行います。蒔絵師(まきえし)は装飾的な蒔絵を施します。
この分業制により、各工程で専門性が高まり、品質の高い漆器が生まれます。また、木地の美しさを生かした「拭き漆(ふきうるし)」や独自の塗り技法も、職人ひとりひとりの技術と経験によって支えられています。
◇木地づくり
鳴子漆器の製作は、まず「木地づくり」から始まります。使用するのは鳴子周辺の山で採れる広葉樹。伐採後の木は、最低でも1年以上自然乾燥させてから使用します。木を落ち着かせることで、後の歪みや割れを防ぎます。
乾燥した材は、ろくろ職人の手で器の形に削り出されます。鳴子では、こけしの木地師の技術が漆器づくりにも活かされています。成形された木地は、鉋(かんな)で整えられ滑らかに仕上げられます。この段階で器の仕上がりがほぼ決まるといわれるほど、木地づくりは重要な工程です。
◇下地
木地が完成したら、器の表面の凸凹を平らに整える工程に入ります。まず、漆に砥粉(とこ)や粘土を混ぜた「錆下地(さびしたじ)」を塗り、乾かす作業を「錆付(さびづけ)」と呼びます。
錆付けを行った後、錆漆(さびうるし)を十分に乾燥させ、次に水を使って研ぐ「錆研ぎ(さびとぎ)」を行います。この工程によって、木地の表面が滑らかに整い、上塗りの漆が美しく仕上がる下地が完成します。
◇中塗り・中研ぎ
下地で木の表面をなめらかに仕上げた後、「中塗り」の工程に進みます。この工程では、漆を塗り重ね、層を整えながら何度も磨き上げます。中塗りされた漆は、専用の回転風呂で回転させながら、ムラなく乾燥させます。
しっかり乾燥させた後、錆研ぎと同様に表面を研ぎます。この工程を繰り返すことで、漆の美しさや透明感が増します。
◇上塗り
上塗りでは、塗師が漆を極めて薄く均一に塗り広げます。漆は湿気で硬化するため、乾燥室(むろ)で温度と湿度を一定に保ちながら乾かします。急激に乾かすと艶が失われるため、数日から1週間かけてじっくり固めます。
拭き漆の場合は、漆を塗って拭き取り、再度塗る工程を3〜5回繰り返します。そのたびに木目が深まり光沢が増します。
高級で光沢のある伝統漆器を製作するための原料を準備する
職人が伝統的な日本の椀に、細筆を使って赤漆を塗布する
(まとめ)
日々の食卓を彩るだけでなく、使うたびにそのぬくもりや、艶の変化を楽しむことができる鳴子漆器。ぜひ一度、手に取ってみてはいかがでしょうか。






